佐藤 克哉 先生 猿払村国民健康保険病院 院長
居住する地域に腹膜透析(PD)の管理を担えるプライマリ・ケア医や在宅医、総合診療医がいれば、たとえ地域に腎臓専門医がいなくてもPD患者さんは住み慣れた場所で最期までその人らしく安心して過ごすことができます。PD診療・管理を前向きに考える医師が増えることを願って、非腎臓専門医である私がPD診療・管理に携わるようになった理由、日本腹膜透析医学会(JSPD)連携認定医取得で得たもの、当院の今後の構想などを紹介します。
地域医療に携わるため猿払村に赴任
当院は北海道北部の宗谷郡猿払村にある自治体唯一の医療機関で、猿払村の住民および猿払村に隣接する一部の稚内市民の診療を担っています。常勤医師は私1人ですが、外来や入院に加え、訪問診療(在宅診療)、救急も請け負っています。高血圧、糖尿病などの生活習慣病をはじめ、関節リウマチやベーチェット病などの自己免疫疾患、がんなど多岐にわたる領域を診療しています。また、眼科や耳鼻科、小外科といわれるような簡単な外科も手がけています。“Dr.コトー”や、昔ながらのなんでも診るお医者さんをイメージしてもらえればよいかもしれません。
もともと地方で地域医療に携わりたいとの思いから医師を目指し、「小さな子供のころから診ていた方が大人になって自分の子供を連れてくるまで同じ地域で頑張りたい」という夢をかなえるため、医師になって6年目という早期に猿払村に赴任しました。患者さんとの距離が遠く生活の様子がほとんど見えてこない都会とは異なり、猿払村では生活環境を詳しく知ることができます。どこで誰と住んでいるか、ご自宅の浴槽の深さやトイレの段差の有無、ストーブの種類といった生活に関する情報を把握していることで、個々の患者さんに合った治療方針が立てられるのです。地域事情を意識した介入の方法、限られた医療資源をいかに活用するかなど課題はたくさんありますが、猿払村のことを一番分かっている総合診療医(家庭医)を目指し日々診療にあたっています。
北海道のJSPD連携認定医取得第1号に
猿払村での勤務を始めて半年が経過したころ、私が初期研修を行った勤医協中央病院腎臓内科の五十嵐謙人先生から「PDを導入したいと希望している猿払村の患者さんがいるので、猿払村でのPD管理を引き受けてほしい」との依頼がありました。当時は、PDについての知識はほとんどなく、非腎臓専門医である自分がPD管理を引き受けても大丈夫なのかという不安がありました。しかし、猿払村でニーズがあるのなら応えなければと一念発起し、勉強を始めることにしたのです。その際、タイミング良くJSPDの連携認定医制度が始まるというニュースを目にし、せっかくなので連携認定医の資格も取ろうと決意しました。昔から決心したら後は突っ走る性格だったためすぐに行動に移し、北海道でJSPD連携認定医を取得した第1号の医師になることができました。
五十嵐先生から猿払村でのPD管理を依頼された患者さんは頻繁に出張がある多忙な方でした。週3回通院が必要な血液透析(HD)は仕事との両立ができず、仕事を続けるにはPDしか選択肢がありません。私が連携認定医の資格を取得したのと同時期に勤医協中央病院でPDを導入した患者さんが戻っていらして、猿払村でのPD診療・管理がスタートしました。浮腫が出たり血圧が高くなったりなどの小さなトラブルはありましたが、患者さんは仕事を続けることができてとても喜んでおり、現在もPDライフを満喫されています。
非腎臓専門医でもPD管理は可能
非腎臓専門医でPD診療・管理に携わっている人はそれほど多くないと聞いていますが、実際に関わってみると私のような非専門医にもできることが分かりました。「PDの知識がないので自分にはできない」とためらっている先生もいるかもしれませんが、全てを理解しておく必要はありません。例えば、胃がんの化学療法に精通していなくても、胃がん患者さんの終末期の在宅管理ができるのと同じです。もちろん学習や技術の習得は必要ですが、PD管理は保存期の腎臓病管理の延長と考えれば十分で、新たに覚えなければならない知識は出口部評価と腹膜炎などのトラブル対応に関することくらいです。
プライマリ・ケア医が担う役割は日常的なPD診療・管理(表1)になりますが、腹膜炎の発生などの緊急時は主治医である腎臓専門医に電話で連絡し、後は専門医の指示通り動けばよいなど、役割分担がしっかりできています。実際、腎臓専門医の五十嵐先生とはICT連携ツールを利用しこまめに連携を取っていますし、機器や透析液などについてはバクスター社の担当者とSNSで連絡を取り合い解決しています。ただし、腎臓専門医や後方支援病院との連携がうまく取れていないと厳しいと思われますので、常に連携が取れるような関係性を築いておくとよいでしょう。個人的には、急ぎではないものの連絡する必要がある用事をいかに伝えるかが課題だと感じており、良い連絡ツールがあればよりスムーズな連携ができると期待しています。こうした周りのサポートのおかげで私のような非腎臓専門医でも問題なくPD診療・管理を行えており、これまで大きなトラブルは発生していません。
表1PD診療・管理におけるプライマリ・ケア医(在宅医)の役割
連携認定医の資格が新たな集患につながる
JSPD連携認定医の資格取得には、勉強することで自信がつく、患者さんやご家族からの信頼が得られやすいといった多くのメリットがあります(表2)。中でも、旭川市の北彩都病院の副院長で腎臓内科医の和田篤志先生から、降雪で通院が難しい冬季に限り、猿払村在住のPD患者さん2人の診療・管理を依頼されたことは思いがけないものでした。2人の患者さんのうち1人は雪が解けた段階で北彩都病院に戻られましたが、もう1人は猿払村での診療を継続したいと希望され、引き続き当院で管理しています。このように連携認定医の資格は、新たな患者さんの獲得につながる可能性もあるのです。「PD診療を検討しているが非専門医なので不安が拭えない」という先生には、JSPD連携認定医の資格取得をお勧めします。肩書が付くだけでも自分の意識が違ってきます。ただし、学術集会への参加が必要など、資格を維持するには費用と労力がかかります。
表2JSPD連携認定医取得のメリット
自宅や居住する施設で患者さんご自身が治療を行うPDは在宅診療との親和性が高く、患者さんの高齢化が進んでいることもあり、在宅医およびプライマリ・ケア医はPD診療に関わる機会が増えてきていると考えます。慢性腎臓病の管理をしていた患者さんに腎代替療法が必要になったとき、HDの場合はそこで患者さんとの縁が切れてしまいますが、PDであればそのまま診療を継続することができます。患者さん側から見ても主治医が変わらないことは安心感をもたらします。いつPDを希望する患者さんが訪れてもいいように、在宅医およびプライマリ・ケア医にはPDについて学んでおくことをお勧めします。私の経験から言えば、知らないから不安なのであって、一度理解してしまえば安心して一歩を踏み出すことができると思います。
猿払村を総合診療医育成の場に
超高齢社会においては、今後、総合診療医の必要性がますます高まることが想定され、当院を総合診療医を目指す若手医師の研修の場にしたいと考えています。現在は東北医科薬科大学との連携によりプログラムを構築する段階まで進んでいます。当院で総合診療の研修を受けるということは、必然的にPD診療・管理に携わることになります。研修を終えた先生方が各地に赴任すれば、PD診療ができる地域の総合診療医が増えていきます。これまでは管理できる医師がいなくてPDを選択できなかった患者さんに、PDを導入できる機会が広がると期待しています。なお、腎代替療法の選択にあたって最も大事なことはどの治療法を選ぶかではなく、患者さんがこの先の人生をどのように生きたいかという「ライフゴール達成」を支援することです。HDもPDも、そのための手段の1つと考えています。
さまざまなタイプの総合診療医がいる中、地域医療で必要とされるのは患者さんの幸せやライフゴール達成を考慮した治療強度の押し引きや足し算・引き算を上手に行える総合診療医です。そのような人材を育成し、PD診療を普及させたいですし、私ももっとたくさんのPD患者さんを診たいと思っています。そして、非腎臓専門の地域のプライマリ・ケア医や在宅医、総合診療医がPD診療・管理を行うのはあたりまえになると信じています。