楠本 拓生 先生 楠本内科医院 院長
超高齢社会を迎えた日本では、日常生活動作(ADL)の低下などで通院が困難となる患者さんが増えており、患者さんのご自宅や居住する施設への訪問診療(在宅診療)の需要が高まっています。透析患者さんにおいても、高齢化の進展から在宅医による管理が必要なケースが増加しています。患者さんが住み慣れた場所で最期までその人らしく安心して過ごせるよう、在宅療養支援診療所である当院が行っている取り組みをご紹介します。
在宅支援部を立ち上げたことで在宅診療が促進
当院は、福岡県水巻町で開業する地域密着型のクリニックです。患者さんが住み慣れた場所で安心して過ごせるよう「地域のかかりつけ医」の役割を担い、外来診療、オンライン診療、訪問診療に対応しています。水巻町は住民の高齢化が進んでおり、当院では介助なしでの通院が困難となった患者さんのご自宅を定期的に訪れ、治療や健康管理を行う訪問診療に力を入れています。
2020年4月に訪問看護の経験が豊富な看護師が中心となって「在宅支援部」を開設し、外来診療と訪問診療をつなぐシームレスな診療を提供しています。在宅支援部の立ち上げにより在宅診療を機能的に行える体制が整い、受け入れ患者さんは100人を超えています。在宅支援部は、当院と連携している施設(訪問看護ステーション、薬局、短期入所施設、地域包括支援センターなど)だけでなく、患者さんやご家族の相談にも応じています。また、基幹病院からの紹介や入退院後の体調管理、行政や福祉関係機関からの相談事も引き受けています。医師1人、専任看護師3人の体制でスタートした在宅支援部ですが、2023年4月に医師2人、専任看護師4人、メディカルソーシャルワーカー(MSW)1人、医療事務1人の体制に拡充し、在宅診療に関わる全ての方々を支援しています(写真)。
写真在宅支援部の皆さん
在宅診療を行う上で欠かせない連携先として、訪問看護ステーションがあります。在宅患者さんの具合が悪くなったときの連絡先は、24時間365日体制の訪問看護ステーションです。いつでも連絡が取れるため、患者さんやご家族も安心です。訪問看護師は患者さんの日々の状態を確認・報告し、異常があれば在宅支援部に電話で連絡してくれるため、患者さん・ご家族だけでなく医療者側にとってもなくてはならない存在となっています。在宅支援部と訪問看護ステーションは、当院の在宅診療の柱といえるでしょう。
大学病院勤務から在宅医となり視点が大きく変化
在宅医になる前、私は大学病院で勤務していました。大学病院では患者さんの通院頻度は1カ月に1~2回ですので、ピンポイントで評価する「点」の医療が中心でした。しかし、地元に戻り在宅医として診療を開始してからは視点が変わり、点と点をつなげること、さらには地域で「面」となって患者さんを支えることの大切さを切実に感じています。訪問看護ステーションやケアマネジャーを中心とした地域の多職種との協力があるからこそ、在宅診療はうまくいくのです。
在宅医は深夜に突然呼び出されることが多いと思われがちですが、基本的に緊急で駆け付ける機会はそれほど多くありません。的確に指示を出せば訪問看護師が動いてくれますし、患者さんやご家族と良好な信頼関係を築いておけば、医師が直接対処しなくてもよい環境を整えることができます。在宅医ですから、患者さんが亡くなるまで責任を持って診療・管理することが基本ですが、任せられるところは任せて、余裕を持って診療に当たる心構えが大切です。
今後の経過や平均余命など将来の見通しを説明
当院では慢性腎臓病(CKD)の患者さんも多く、高齢の方への腎代替療法導入に当たっては、患者さんやご家族に対し、現在の状態と将来の見通しを隠さず伝えるようにしています。どのような経過をたどって亡くなるのか、病状や治療法による違い、透析患者さんの平均余命などを提示し、残された人生をどのように過ごしたいのかという「ライフゴール」を考えるきっかけをつくります。また、将来の変化に備えて変化時の医療やケアをどうするか、患者さんを主体にご家族や医療者と一緒に繰り返し話し合い、患者さんご本人の意思決定を支援するアドバンス・ケア・プランニング(ACP)についても腎代替療法導入前から開始します。
腹膜透析(PD)は、人生の最期を自宅で過ごしたいと考える患者さんに適した治療法です。患者さんご本人がバッグ交換を行うのが基本ですが、ご家族や訪問看護師などによる支援があれば自己管理が難しい高齢患者さんでも行えます。当院では、PDを導入する75歳以上の患者さん全員に対し、訪問看護でサポートする方針としています。私はご家族の犠牲の上に成り立つ医療は避けたいと思っており、一人暮らしの認知症の方でもPDが続けられる支援体制を整えています。高齢PD患者さんの在宅診療は、患者さんやご家族だけでなく医療者側にもメリットが大きいといえます(図)。
図在宅医によるPD診療のメリット
非専門医にも積極的にPD診療に携わってほしい
このようにご自宅や入所施設で治療が行えるPDと在宅診療の親和性は高く、在宅医であれば腎臓専門医でなくてもPD診療は可能です。むしろ非専門医にも積極的に携わってほしいと考えます。ただし、近隣基幹病院の腎臓専門医との連携、最期まで看取るという責任は必要です。何かあれば電話1本、あるいは地域包括ケア・多職 種連携のためのSNSを利用したコミュニケーションツール(ICT連携ツール)などで、腎臓専門医とすぐにやりとりができる顔の見える関係を築いておくとよいでしょう。加えて、訪問看護ステーションとの円滑な連携も欠かせません。
以前、自分一人で管理するには不安が大きいとPD診療をためらっていた医師がいましたが、訪問看護師から自宅での管理状態を報告してもらえば自身が診療していなくても患者さんの状態を把握できること、懸念していた突発的な感染症が配置薬の使用で問題なく対処できたことなどの“成功体験”から、今では在宅医として積極的にPD診療に関わっています。こうした成功体験を積み重ねていくことで、不安は自信に変わります。
医療保険と介護保険が同時に使えないなどの課題はありますが、高齢PD患者さんはその人らしく質が高い生活を送ることができています。緩和医療に慣れた在宅医がPD診療に携わってくれれば、より多くの透析患者さんが安心して穏やかな終末期を迎えることができるでしょう。腹膜炎や出口部感染などの診療、腎臓内科医が得意とする体液管理や利尿薬の微調整は連携する基幹病院の専門医に依頼し、在宅医やプライマリ・ケア医は普段のPD管理に注力する形で役割が分担できれば、非専門医でもPD診療を開始しやすいと考えます。
HD施設と連携してラストPD管理を引き受けたい
高齢の透析患者さんは突然状態が変化する場合があり、腎代替療法の再選択や最適化が必要なケースも少なくありません。血液透析(HD)クリニックには、シャントトラブルや低血圧によりHDができない、ADLの低下で通院が難しくなったという方が少なからずいます。 HDができなくなった患者さんにはACPを用いて腎代替療法の再選択を実施し、PDまたは透析を行わない保存的腎臓療法(CKM)への変更も視野に入れるべきでしょう。自宅で最期を迎えたいと希望する75歳以上の腎不全患者さんは、ラストPDの対象になります。当院ではHDクリニックと連携を取り、ラストPDの患者さんの在宅診療を引き受けたいと考えています。一方、HDクリニックへの通院ができなくなった患者さんは入院HD施設に移ることになりますが、自宅での生活を希望される方はPDまたはCKMに変更し、当院で在宅管理することもできます。場合によってはHDでの在宅看取りも可能だと思われます。今後はこれらを実現するために、HDクリニックや入院HD施設との連携を強化していくつもりです。
最後に、腎臓内科開業医の先輩として、これから開業する医師の方にアドバイスしたいと思います。HDクリニックの立ち上げには設備投資が必要です。保存期の延長で診療できるPDを学び、外来診療と在宅診療を両立させることで、末期腎不全に至った患者さんもPDで最後まで診ることができます。そして、高齢PD患者さんの在宅管理に当たっては、24時間365日体制の訪問看護ステーションと連携し、ICTツールを活用することで、体調悪化時でも対応できるよう連絡体制を整備しましょう。