政金 生人 先生 医療法人社団 清永会 矢吹病院 院長
日本では超高齢社会を迎え、腎代替療法導入時の年齢が90歳を超える患者さんも増えています。高齢の慢性腎臓病患者さんに対しては、透析をしたくないというご本人の意思を尊重して、生活の質(QOL)を担保しながらケアを継続していく治療方針をとるケースも増えてきました。このような透析をしない選択、保存的腎臓療法(CKM)も腎代替療法の一つの選択肢として提示されるようになってきています。高齢患者さんがその人らしく満足した人生を送るために、矢吹病院で行っている取り組みをご紹介します。
腎代替療法の選択肢が再考される背景
これまでの透析治療は救命を目的に行われてきましたが、最近では末期腎不全に至った患者さんがその人らしく満足した人生を送ることを手助けするための治療という位置付けに変わりつつあります。近ごろでは、この先どのように生きていきたいか、自分の旅立ちをどのように迎えたいかを積極的に考える透析患者さんも少なくありません。高齢の透析患者さんは予期せず体調が悪化することもあるため、その時々の状態に合わせた腎代替療法の再考による最適化が不可欠です。
末期腎不全の治療法には、①血液透析(HD)、②腹膜透析(PD)、③腎移植、④CKM-の4つがありますが、これまで日本ではCKMを療法選択の早期に積極的な選択肢として提示することはほとんどありませんでした。そのため、95歳のおばあさんに対しても若年者と同様に透析を導入してきました。たとえご本人が「もう年だし、透析はしないで穏やかに過ごしたい」と思ったとしても、透析治療を開始する場合が多くありました。もちろん、透析を導入することでより元気になって100歳を目指す95歳の方もいるかもしれません。しかし、毎回針を刺されて痛い思いをし、透析治療自体に疲れて弱ってしまい、そのまま人生を終えてしまった患者さんも少なくありません。
日本では透析をしないという選択がネガティブなイメージで語られる場合が多く、通院できなくても全身衰弱や認知症の状態になっても、なんとかして透析治療を続けようと努力します。確かに、透析治療のおかげで仕事や家庭生活をうまく送ることができた時期もあったでしょう。しかし、人生の終末期に近づき、体力も徐々に衰えてくると透析治療そのものに疲労を感じる患者さんがいることも事実なのです。もちろん、価値観は多様化してきており、患者さんごとに考え方は異なります。患者さんを中心に据え、目の前の患者さんが何を望んでいるのかを知り、それを可能にする治療を提供できるよう選択肢は全て示すべきです。
HD後の疲労感は予後にも影響する
以前からHD後に疲労感を訴える患者さんが多数いることは認識されていましたが、その原因や治療法は詳しく研究されず、半ば放置されているような状況でした。しかし、DOPPS研究においてHD後の回復時間(recovery time)と死亡リスク、入院リスクは有意な正相関を示すことが報告されました1)。つまり、HDによる疲労は予後に影響を与えることが明らかになったのです。また透析後の疲労感は、患者報告アウトカム(患者さんが生きている間に効果を実感できるアウトカム:PRO)の観点からも注目されています。
私の透析医療の師である石崎允先生は、古くから疲労感の重要性を強調していました。その薫陶を受けて、 DOPPS研究の報告に先んじた2005年5月に私たちは「愛pod計画」を発表し、「良い透析とは透析中に血圧が下がらず、疲労感、痛み、痒み、イライラ、不眠などの不快な症状がない状態」と定義し、良い透析を提供するために努力することを宣言しています。なお、愛podとは患者さんの訴えに基づく透析(patient oriented dialysis)を指します。
具体的には、年に2回、自覚症状調査票である『愛podシート』を用いて疲労感などの患者さんの愁訴を把握する他、日常会話から患者さんの希望を類推しつつ、愁訴を聞く機会が多い医療スタッフともよく話し合い、医療者と患者さんやご家族が情報を提供し合って一緒に治療法を決めていく共同意思決定(SDM)を通じ、個々の患者さんに最適な治療を提供するよう努めます。
さまざまな患者さんの愁訴に対しては、ダイアライザや透析条件を工夫する独自のプラクティス・パターンにのっとり、透析中の血圧や疲労感であれば時間単位で、かゆみであれば週単位で判断するなどアウトカムごとに評価期間を変え、患者さんの状態に合わせた細やかな対応を行っています。
そして、私が何よりも重視しているのは回診の際に患者さんの目を見ることです。体調不良や不満がある患者さんは穏やかでない目つきをしており、ほんの数秒間目を合わせるだけで透析治療に満足しているかどうか判断できます。
旅立ちまでの生活の場を見越した療法選択が必要
超高齢社会において高齢患者さんに腎代替療法を導入する際、旅立ちまでの生活の場を見越した療法選択が必 要です(図)。本院では療法選択の最初の段階で、どのように旅立ちたいかを含め何歳まで生きたいのかをお聞きし、CKMという選択肢があることを説明しています。わが国の報告ではありませんが、80歳以上ではHD群とCKM群で生命予後に有意差が見られなかったという結果が示されています2)。つまり、80歳以上の高齢者ではHDを選んでも緩和ケアを選んでも生存期間は変わらないということです。変わらないのであれば、患者さんの希望ややりたいことをかなえ、楽しく暮らせるモダリティ(HD、PD、CKM)を選択できるよう支援すべきです。
日ごろの会話や後ほど説明する『愛Hopeノート』などで患者さんのプライオリティーを明確にした上で、療法選択の場では患者さんの現在の状況と透析を行うことで得られる状況、行わないことで起こりうる状況について分かりやすく説明します。また、治療法のメリット・デメリットに関しても隠すことなく伝えます。
図旅立ちまでの生活の場を見越した療法選択
地域のプライマリ・ケア医にPD管理を
旅立ちを念頭に置いた療法選択で最もふさわしいと考えるモダリティは、血行動態が安定していて在宅で治療が行えるPDです。PDは基本、患者さんご本人が治療を行いますが、ご自身での管理が難しくてもご家族や訪問看護師などによる支援があれば行うことは可能です。こうした支援を伴うPDは「assisted PD」と呼ばれ、「人生の最終段階における医療」に適しています。
特に、老老介護中などで通院が大変な患者さん、痩せている患者さん、体力があまりない患者さんなどにはPDが適しています。ただし、現在はアシストが行える職種が限られているため、サポート体制を拡充する法改正が望まれます。さらに、腎臓専門医でなくても地域のプライマリ・ケア医がPD患者さんの管理を担ってくれるようになれば、PDの普及がより進むことでしょう。
一方、HDで治療中の高齢患者さんが在宅治療で旅立ちを迎えるには、PDやCKMへの変更が必要ですが、体制整備など課題はたくさんあります(表)。しかしながら、高齢透析患者さんに対する腎代替療法の最適化が進めば、患者さんはその人らしく満足した人生を送ることができるようになると信じています。
なお、最適化に当たっては、将来の変化に備えて変化時の医療やケアをどうするか、患者さんを主体にご家族や医療者が繰り返し話し合い、患者さんご本人の意思決定を支援するアドバンス・ケア・プランニング(ACP)が欠かせません。本法人グループでは、患者さんの人生に最期まで向き合い、安心して治療を受けてもらえるお手伝いをしたいという思いを込め、『愛Hopeノート』という生き方ノートを作成し、記入をお願いしています。記入してもらう項目は、患者さんご自身のこと、大切にしていること、これからやりたいこと、受けたい医療の形などで、特に重視しているのは「これからの人生を楽しむためにやりたいこと」です。
表旅立ちまでを見通した療法選択の課題
腎臓医はライフコーディネーター
このように、腎臓医は患者さんの人生に深く関わります。特に、末期腎不全に係る医師はライフコーディネーターとしての側面も求められます。診療に際しては、多様性に対応できる柔軟で自由な発想を持ち、さまざまな知識を駆使して患者さんに寄り添ってもらいたいと思います。
HDでは、生体適合性に優れた透析膜を用いた上で時間が長く回数が多いほど、健康な人の状態により近づけることができるとされています。しかし、「1回4時間、週3回」が大多数であるように、実際は時間も回数も限られています。その限られた中で少しでも患者さんに寄り添うには、患者さんの状態に合わせて最も適したダイアライザを選択することも視野に入れるべきです。「肌に触れる下着は自分好みのものを選ぶように、血液を通す透析膜を選ぶことは当たり前」の考えの下、本院では患者さんの状態に合わせてダイアライザの種類を変えるなど、少しでも患者さんに快適と感じてもらえるような最適化を日々実践しています。
参考文献
1)Rayner HC, et al. Am J Kidney Dis 2014; 64: 86-94.
2)Verberne WR, et al. Clin J Am Soc Nephrol 2016; 11: 633-640.