山本 卓 先生新潟大学医歯学総合病院 血液浄化療法部 病院教授
透析患者さんが抱える課題の1つに、運動機能の低下が挙げられます。運動機能低下は転倒や骨折のリスクを高め、日常生活動作(ADL)および生活の質(QOL)を低下させるだけでなく、生命予後にも悪影響を及ぼします。加えて、ロコモティブシンドローム(locomotive syndrome;LS)やサルコペニア、フレイルとの関連が指摘されています。このような背景を踏まえ、透析患者さんのADL およびQOL の維持・向上に有用な運動療法について解説します。
PDFで見る(517 KB)
患者案内用PDFはこちら(370 KB)
透析患者さんが抱える課題と転倒・骨折のリスク
非透析患者さんに比べ透析患者さんでは、ADLおよびQOLが低下することが知られています1〜3)。慢性腎臓病(CKD)によるADL低下に加え、心血管疾患や感染症、レストレスレッグス症候群(RLS)などの合併症、さらには透析療法に伴う患者さんの身体的・精神的な負担もQOL低下を引き起こします。その他にも、生活環境などを含むさまざまな要因が総合的に影響し、ADLおよびQOLが低下していると考えられます(図1)。
また、気を付けておきたいのが、透析患者さんは転倒や骨折のリスクが高い点です。健康人と比べ透析患者さんでは、転倒や骨折を頻回に経験することが報告されています4〜6)。さらに、透析治療のための週3回の通院も患者さんの負担となり、転倒や骨折のリスク上昇に関わっていると考えられます。特に、透析後にふらつき、転倒して骨折する患者さんは少なくありません。
図1CKD患者さんにおけるQOL低下の要因
複合的な要素が影響する透析患者さんの筋力低下
透析患者さんにおける転倒や骨折の要因としては筋力の低下が挙げられますが、それにはCKDの病態の影響が大きいと考えられます。例えば、CKDが進行すると骨ミネラル代謝異常が起こり、副甲状腺ホルモン(PTH)の分泌が亢進します。PTHのカルシウム溶出増強作用により骨がもろくなり、骨折が生じやすくなります。他にも、高PTH血症を合併した透析患者さんは体重が減少するとの報告があります7)。また、透析患者さんで増加・蓄積するインドキシル硫酸をはじめとするウレミックトキシンは、基礎研究において骨格筋細胞に作用し筋肉量や活動量に影響を及ぼす可能性が示唆されています8)。
さらに、透析治療は1回当たり4~5時間を要し、1日の身体活動量が減少することで筋力低下につながります。うつ状態やうつ病を合併している透析患者さんも多く、こうした精神的な要因は身体活動量を減少させ、筋力を含む身体機能低下の要因となります。
より早期に介入ができるLSの評価
透析患者さんの運動管理を考えるに当たっては、LSやサルコペニア、フレイルについて十分に理解することが重要です。
LSは日本整形外科学会が近年提唱した新しい概念で、運動器の障害により移動機能が低下した状態を指します(図2)。LSの評価は、下肢筋力を評価する「立ち上がりテスト」と歩幅を評価する「2ステップテスト」、患者の身体・生活状況を評価するチェックリスト「ロコモ25」により、患者さんの状態を「ロコモ度1(移動機能低下が始まっている段階)」、「ロコモ度2(移動機能の低下が進行し、自立した生活ができなくなるリスクが高まっている段階)」、「ロコモ度3(移動機能の低下が進行し、社会参加に支障を来している段階)」の3段階に分類します。
図2ロコモティブシンドロームとは
サルコペニアやフレイルは既に低下した筋力や運動機能などに基づいて判定するのに対し、LSは運動機能が損なわれる前からステージ別に分類可能なため、より早期に介入できます(図3)。またLSの概念は、透析患者さんに多い関節痛や歩行障害などにも対応しているので、透析治療に関わる医療従事者は理解しておいてほしいです。実際、透析患者さんは重度のLS保有率が高く、LSの重症度はQOLと関連することが報告されています9)。
図3ロコモティブシンドローム、サルコペニア、フレイルの違い
診療報酬の対象にもなった透析中の運動指導
透析患者さんの運動機能低下は、生命予後にも大きな影響を及ぼすと考えられています。それだけに、医療従事者は日常的な透析医療に加え、可能な限り患者さんの運動機能維持に注力する必要があります。現在、透析患者さんに対する運動療法の具体的な方法やプログラムについて確立されたものはありませんが、なんらかの形で運動療法を行うことは、透析患者さんの身体機能を改善させ、QOLの向上につながると考えられています(図4)。
2022年度の診療報酬改定では「透析時運動指導等加算」が新設され、透析中の運動指導が算定されるようになりました。まずは個々の患者さんの身体機能に応じた透析中の運動療法を提案し、継続していくことが大切です。
図4運動療法の効果
理学療法を中心とした多面的なアプローチが必要
透析患者さんの運動機能低下が生命予後に影響を及ぼすことは、透析医療に関わる医療従事者の間では共通認識として理解されていると思います。現在は、どのような介入が運動機能の維持や向上につながるかを具体的に調査する段階に入っています。
しかし、運動療法の有効性に関するエビデンスは、まだ十分に集積されていません。透析医療に関わる医療従事者は、各施設で行っている取り組みを学会などで発表し、広く共有してほしいと思います。
また、透析患者さんの運動機能改善には多職種による総合的なアプローチが必要であり、特に理学療法士の協力は欠かせません。透析患者さんの運動機能低下の背景には多くの要因があることを理解した上で、多職種連携による多面的なアプローチにより、ADLおよびQOLの維持・向上に努めていく取り組みが求められています。
参考文献
1) Račić M, et al. Ren Fail 2015; 37: 1126-1131.
2) Kutsuna T, et al. Ren Replace Ther 2019; 5: 50.
3) Sterky E, et al. Scand J Urol Nephrol 2005; 39: 423-430.
4) Tentori F, et al. Kidney Int 2014; 85: 166-173.
5) Wakasugi M, et al. J Bone Miner Metab 2020; 38: 718-729.
6) López-Soto PJ, et al. BMC Nephrol 2015; 16: 176.
7) Komada H, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle 2021; 12: 855-865.
8) Enoki Y, et al. J Cachexia Sarcopenia Muscle 2017; 8: 735-747.
9) Kitabayashi K, et al. Ren Replace Ther 2021; 7: 36.