岡本 卓 先生 愛し野内科クリニック 院長
糖尿病患者さんでは、血糖コントロールの悪化による高血糖状態が持続すると糖尿病性腎症を発症し、さらに腎機能が悪化すると腎代替療法が必要となります。しかし、プライマリ・ケア医の多くは腎臓病を専門としていないことから、積極的に腹膜透析(PD)を導入しようという医師はまだ少ないのが現状です。そのため、患者さんは仕事を諦めたり、趣味や生きがいを失ったりするなど、生活の質(QOL)の低下を来すケースも少なくありません。そこで今回、腎臓病の治療を専門としていない当院がPD診療を開始した経緯や、PD診療を通じて感じたことについてご紹介します。
糖尿病治療を中心としたプライマリ・ケアを担う
当院は、2009年にオホーツク海に面した北海道北見市で開業し、「丁寧で分かりやすい説明」「最新の医学知識に基づく正確な診断と治療」をモットーに、患者さん第一の医療提供を心がけています。診療科目は内科、心療内科、小児科、リハビリ科で、1日130人前後の患者さんの診療に当たっています。「この人数を医師1人で診るのは大変では?」と質問されることもありますが、当院では医療クラークを活用しており、診察時間は全て患者さんと向き合えるため、診療の質を保った治療を行っています。
特に糖尿病診療に力を注いでおり、患者さんは1,200人を超えます。そのうち100人ほどが1型糖尿病で、残りは全て2型糖尿病です。なお、「糖尿病診療の難しさは疾病の裏に潜んでいる精神的な失調に起因する」という考え方に基づき、心療内科も開設しました。こうした背景の下、地域に根差したクリニックとして、乳幼児から100歳を超える高齢の方まで幅広い年齢層の患者さんのさまざまな疾患を診察しています。かかりつけ医として、患者さんの訴えや希望、意見を傾聴した上で治療に当たり、必要に応じて専門施設や専門医に紹介することが当院の使命であると考えています。
早期にCKDのリスクを説明することが重要
当院では糖尿病患者さんが多いため、糖尿病性腎症を含む慢性腎臓病(CKD)を併発して重篤化し、透析導入となるケースも少なくありません。そのため、患者さんにはできるだけ早期にCKDの転帰やリスクをお伝えし、ご自身の病態について理解していただくよう心がけています。その際、数値だけを提示しても患者さんには伝わりにくいため、日本腎臓学会の『CKD診療ガイド2012』に記載されている「CKDの重症度分類」の表を用いて説明します。色分けされた糸球体濾過量(GFR)の区分を示しながら、「頑張ってオレンジの状態をキープしましょう」などとアドバイスすることで、積極的に治療に取り組んでいただけるようになります。
こうした早期からの働きかけを行わずに、腎機能が悪化した段階になって「透析を導入しましょう」と伝えても患者さんの理解や同意はなかなか得られません。しかし、2019年の米国腎臓財団の学術会議において、CKDを合併している2型糖尿病患者さんの約半数がCKDと診断されておらず、十分な治療も受けていないという調査結果が報告1)されたように、多くの糖尿病患者さんでCKDが放置されているのが実情です。このような状況を捨て置くことは医療の「試合放棄」と言えます。
1人の患者さんの訴えからPD診療を開始
当院でPD診療を始めたきっかけは、2022年に糖尿病を患うAさん(45歳・男性)の求めに応じたことでした。Aさんは8年前から当院で糖尿病の治療を行っていましたが、糖尿病性腎症を発症したため専門施設に紹介しました。Aさんが紹介先の施設に「仕事を続けたいので血液透析(HD)ではなくPDを導入したい」と訴えたところ、その施設ではHDの経験しかなく他施設でのPD導入を求められたことから、当院で相談を受けました。
私も当時はPDに関する専門的な知識を有しておらず、治療の経験もありませんでしたが、Aさんの希望をかなえたい一心で、以前に講演会でお会いした旭川市の北彩都病院副院長/腎臓内科医の平山智也先生に連絡を取り、Aさんを紹介しました。するとAさんの外来初日に平山先生から連絡があり「PDを導入しましょう。また、半年に1度の検査は当院で行いますが、日常のPD管理は岡本先生にお願いできますか」と依頼されました。
当初は「専門施設ではない当院でPD診療ができるのだろうか」と不安を覚えましたが、平山先生のお話から、非専門医であってもPD診療を担うのは当たり前のことなのだと気づき、固定観念が崩れ落ちるような思いを抱きました。その後、バクスター社のスタッフによる勉強会や手技の解説動画の視聴などを通じ、日々の管理に必要なPDの特徴について学びました(図1)。実際にAさんのPD診療に難しいところはなく、非専門医であっても十分実施可能でした。
図1PDの特徴
このように、当院のPD診療は1人の患者さんの希望をかなえるために始まり、現在では4人の患者さんを診ています。これまでの経験を踏まえ、PDは患者さんやご家族だけでなく医師の満足度も高い治療で、特に患者さんのQOL維持に寄与すると考えています(図2)。例えば、当院2例目のPD導入事例であるBさん(50歳・男性)は、糖尿病罹病期間が15年と比較的長く、趣味の自動車レースを生きがいにしています。この1年で血清クレアチニン値が4.16mg/dLに急上昇し、推算GFR(eGFR)も15mL/分/1.73m2を切ってしまったため、腎代替療法が視野に入りました。医師から透析導入を切り出されると「人生の終わりだ」と悲観する患者さんも少なくありません。Bさんもショックを受けるのではないかと懸念しつつ、PDを含めた腎代替療法について説明したところ、「レースを続けられるのであればPDを選びます」という返答でした。その後はAさんと同様に北彩都病院に入院してPDを導入し、現在は当院の外来に通いながら自動車レースを続けています。
図2経験を踏まえて感じたPDのメリット
PDの導入は主治医にも大きなメリット
仕事を続けるためにPDを導入したAさんや、趣味を続けるためにPDを選んだBさんの事例などを受け、仕事や趣味、生きがいなどを持つCKD患者さんにとってPDはその人らしい人生を送ることができる素晴らしい治療法であり、やはり腎代替療法の選択時にはPDファーストを考慮すべきであることを強く感じました。また、PDファーストは医師にも大きなメリットがあります。HDでは、これまで長い間診察してきた患者さんが導入後に別の施設に移ってしまい、ご縁が途切れてしまうケースも少なくありません。しかし、PDであれば導入後も外来を継続できるため、シームレスな診療を続けることができます。これは地域でプライマリ・ケアを担う医師として非常に大きな喜びです。
一方、高齢のCKD患者さんに対しては「PDラスト」という考え方も重要です。当院ではまだ事例はありませんが、透析治療における終末期医療の1つとして、訪問看護を受けながらご自宅で身体的負担の少ないPDを行うことは、高齢患者さんが最期までその人らしく幸せな人生を送ることにつながると考えています。
PDファーストで患者さんの思いを実現
当院の事例に鑑み、実行する意思さえあればPD診療はどのような施設でも行えると思います。しかし、実施に際しては専門医や地域の後方支援病院との連携が欠かせません。当院ではPDの導入と半年に1度の検査は北彩都病院にお願いし、日常の診療は当院外来で管理を継続しています。しかし、当院から北彩都病院までは約170kmの距離があるため、市内の北見赤十字病院とも連携し、必要に応じた後方支援をお願いしています。またCKD患者さんは心不全などの心疾患リスクも高いので、循環器専門医との連携も重要です。連携を取りやすいように、普段から顔が見える関係を築いておくとよいでしょう。
患者さんは、それぞれ「仕事を続けたい」「自分らしく生きたい」といった強い思いを抱えています。その思いをくみ、実現に向けてサポートするのがプライマリ・ケアを担う医師の使命です。患者さんのライフゴール達成に向けて、非腎臓専門医でもPD診療は可能であることが広く啓発され、より多くの医師にPD診療に参加し、PDファーストという考え方を取り入れていただきたいと思います。
参照
1)Bakris G. et al. National Kidney Foundation 2019 Spring Clinical Meetings; 2019.