腎不全治療の療法選択支援における Shared Decision Making(SDM)の実践
Vol.5福岡大学病院 (インタビュー 2021年11月実施)
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腎臓・膠原病内科 講師
伊藤 建二先生 -
5階東病棟 血液浄化療法センター 師長
浦田 由香さん -
5階東病棟「療法選択支援外来」担当
腎移植コーディネーター
横山 陽子さん
「あたたかい医療」を基本理念に、福岡県福岡市西部地区および周辺地域における中核病院として、地域の医療を支える福岡大学病院。腎不全治療においては、2019年4月に「療法選択支援外来」を立ち上げ、医師と看護師の協働による腎代替療法の説明と患者の意思決定支援を行っています。
<DATA>
■ 年間透析導入数:約50例(緊急導入率:約10%)
■ 2021年11月現在の維持外来血液透析患者:16人(うち1人併用)・腹膜透析患者:40人〔うち1人併用、7人は普段地域の連携病院(長崎県壱岐病院、済生会二日市病院)で管理〕
療法選択支援外来
腎不全保存期患者の診療は、腎臓・膠原病内科の外来で主に4人の医師が行っており、おおむね1年以内に腎代替療法が必要だと予測される患者に対して、「療法選択支援外来」の受診を勧めています。医療者と患者や家族の双方が情報を共有しながら一緒に治療法を決定するShared Decision Making(SDM)の場となっている「療法選択支援外来」は、血液浄化療法センター所属の看護師2人、病棟所属の看護師2人の計4人が担当。以前は外来の医師がそれぞれ個別で行っていた腎代替療法の説明を「療法選択支援外来」では、医師と看護師が患者および家族に行い、治療法の決定を支援しています。通常、約1時間の面談を2回行いますが、必要に応じて3回以上実施する場合もあります。
●実践ポイント①:医師と看護師の協働で療法選択を支援する「療法選択支援外来」の意図を患者に理解してもらう
「療法選択支援外来」は週2回、一般外来終了後の午後に、1回1時間を2枠用意。1人の患者に対して2回の「療法選択支援外来」実施が基本となる。1回目面談の冒頭15~20分は、まず主治医が腎代替療法について、医学的な内容を中心に説明を行う。その後、「療法選択支援外来」担当の看護師が、腎移植、腹膜透析(PD)、血液透析(HD)について、具体的に説明。2回目は看護師が中心となり、患者や家族の質問に答えるなどし、療法選択を支援する(図1)。
腎代替療法の可能性を告げられると、患者は衝撃を受け、「療法選択支援外来」を否定的に捉えてしまうケースもある。そこで、緊急的に治療が必要な段階ではなく、腎機能にある程度余裕があるうちに将来の選択肢について考えるという意図を理解してもらえるよう努めている。
図1 療法選択までの流れ
●実践ポイント②:家族の同席を促す
「療法選択支援外来」受診時には、可能な限り患者の家族にも同席してもらうよう促している。患者だけでなく家族も腎代替療法に関する理解が深まることで、患者が希望し選択したい腎代替療法について、家族に自分の意思を伝えやすくなる効果もある。また、家庭環境を踏まえた上で、より適切な腎代替療法の選択を促すためにも、家族に同席してもらうことの意味は大きい。
●実践ポイント③:移植→PD→HDの順に説明
一般的に患者や家族は、HDに関する認知や理解が最も高い。一方で、PDや腎移植に関しては医学的な正しい知識に乏しく、治療法そのものについてもイメージしづらいケースがほとんどである。そのため同院では患者の状態に特段の事情がない限り、原則として、腎移植→PD→HDの順番で説明し、理解を深めるように促している。
5 学会作成の『腎不全 治療選択とその実際』、腎臓病SDM推進協会発行の『あなたに合った治療法を選ぶために』といった冊子に加え、PDのおなかのモデルなども用い、治療の具体的なイメージが湧くような説明を心がけている(図2)。
図2 療法選択に当たって使用するツール
●実践ポイント④:患者の背景を踏まえ医師としての提案を行い、最終的な意思確認は医師と患者で行う
治療法の情報提供、患者や家族の生活背景や思いの聞き取りなど、看護師が療法選択支援において大きな役割を担うが、最終の意思確認は医師と患者で行っている。最終的な意思確認を医師が責任を持って行うことで、「療法選択支援外来」担当看護師の精神的な負担軽減にもつながっている。また療法決定に当たっては、単に患者に選択を促すのではなく、医師が患者の背景を踏まえ、より良いと思われる療法を勧め、患者が望む選択の後押しをするよう心がけている。
●実践ポイント⑤:情報共有はカンファレンスと療法選択支援シートを活用
情報共有の場として、月1回カンファレンスを開催。内容は議事録を作成し関連スタッフ間で共有している。このカンファレンスは、療法選択に対する院内の意識統一にも寄与しているという。さらに「療法選択支援外来」を受診した患者については、生活状況や説明に対する反応なども記載した「療法選択支援シート」を作成しており、外来と病棟における継続的な看護に役立てている(図3)。
図3 療法選択支援シート(一部抜粋)
これまでの課題と取り組み
同院では、2019年の「療法選択支援外来」の開設以降、腎代替療法としてPDを選択する患者が年々増加しています。開設後に見られた変化や課題に対しては、保存期患者がより自分に合った療法選択ができるよう、さまざまな取り組みを重ねてきました。
1)まずは、始めてみること
「療法選択支援外来」の開設以前は、腎臓・膠原病内科の一般外来診療の中で腎代替療法の説明を行っていた。時間的なゆとりもなく、患者が十分に理解できる説明が行われているとは言い難い状況にあった。さらに、こうした状況下で、HDの緊急導入となるケースが目立つようになっていた。そこで、同科が位置する5階東病棟・浦田由香師長の強い働きかけから、「療法選択支援外来」立ち上げの動きが加速したという。
「4年ほど前、私が現在の病棟に異動してきた際は、緊急透析導入となる患者さんが少なくありませんでした。それに衝撃を受けたことが、『療法選択支援外来』開設を進める、私自身の大きな動機となりました。一方で当院では、 2013年に看護師の病棟・外来一元化を図っており、一部の看護師が病棟・血液浄化療法センター・一般外来の看護を兼任しています。そのため、病棟師長である私が看護師の配置などを調整でき、『療法選択支援外来』の体制づくりの準備がしやすかったという背景もあります。ただ、いきなり人員が増えるわけではないので、まずはできる範囲で2枠から始めました」(浦田師長)
浦田師長の強い働きかけを受け、数年前から「療法選択支援外来」の重要性を認識していた伊藤建二医師は「とに かく、始めてしまおう」と、一気に開設へと動き出した。
「2018年1月に、『腎不全治療における情報提供のあり方~SDM~』と題する講演を聴き、感銘を受けました。特に『歯車の開発はいらない』(基本システムを新たにつくる必要はなく、既存のものをまねして使えばよい)という言葉が印象に残り、当院の他の職員にもぜひ聴いてほしいと考え、本学での講演をお願いしました。同年11月に実現したその講演をきっかけに診療科職員の心に火が付き、まずは『療法選択支援外来』を始めようということになりました。回数や流れ、役割分担など基本項目だけを決めてすぐに開始。もしも問題点が出てくれば、そこで解決すればよいと考えたのです。結果として、大きな問題は発生しませんでした」(伊藤医師)
2)患者の治療法選択に現れた変化
「療法選択支援外来」の開設により、患者が選択する腎代替療法に大きな変化が現れた。「療法選択支援外来」を受診した患者では、PDや腎移植を希望する割合が増加。2019年はHD 20人に対しPDを選択した患者は3人であったが、翌 2020年にはHD 33人に対しPDは16人に増加。さらに2021年は11月時点でHD 24人に対しPD 19人と、PDを選択する割合は2年前の6倍以上に増えている(表1)。
「『療法選択支援外来』でSDMを実施した結果、患者さんが選択するHD、PD、腎移植の割合が大きく変わったことに、非常に驚きました。時間をかけて丁寧に説明し、患者さんやご家族の疑問点を解決するだけで、これほどPDや腎移植を選ぶ方が増えるのかと。PDや腎移植の需要は以前から一定数あったにもかかわらず、存在を知らないために選べなかった患者さんは多いのではないでしょうか。そういう意味で、『療法選択支援外来』には、PDや腎移植に対する潜在的な需要を顕在化させる効果があったといえるでしょう。当院では、患者さんが受けたいと思う治療を安心して選択できるよう、訪問看護などの支援体制も整えています」(伊藤医師)
表1 「療法選択支援外来」開設以降に 腎代替療法を選択した患者の割合
3)患者や家族の理解という課題
実践ポイント②で示した通り、同院では「療法選択支援外来」に家族が同席してもらうことを促している。しかし、患者や家族の療法選択への関わりについてのアプローチには、まだ課題も残されている(表2)。
「患者さんから家族に言い出しやすいように、『家族と一緒に受診するのが当たり前ですよ』くらいの案内をしています。それでも、親に心配をかけたくないという方や独居で家族が遠方にいる方、独身なので誰に相談すればよいか分からない方など、さまざまな事情で家族が同席しないケースも少なくありません。そのため、『療法選択支援外来』の受診を勧める前に、一般外来受診の段階で個々の患者さんの状況をある程度把握し、その方に合わせた対応を取ることも必要だと感じています」(横山看護師)
「『療法選択支援外来』への受診を勧めても、あまり真剣に話を聞いてくれない方もいます。そうした患者さんに、真剣に自分のこととして考えてもらうにはどうしたらよいか。これは現状でも大きな課題となっています。1つの取り組みとしては、説明する時期を変更しました。以前は推算糸球体濾過量(eGFR)値を判断基準とし、30を切った時点で説明を試みましたが、時期が早過ぎて患者さんに実感がなく、心理的な負担や不安感を与えてしまったケースがありました。病気の進行状況は個々に異なるため、現在では『このままの経過であればおおむね1年以内に腎代替療法が必要と予測される』時期とし、主治医が判断することで適正化が図れたと感じています」(伊藤医師)
「まず始めること」が重要であり、実際に開設した結果、大きな問題はなく、患者が選択する腎代替療法の変化につながった福岡大学病院の「療法選択支援外来」。患者や家族に十分な説明を尽くした上で、最終的な療法選択の意思決定については、ただ患者にゆだねるのではなく、主治医が医師として「後押しする」。こうしたアプローチにより、さらに多くの患者が、自分に合った療法選択をできるようになることが期待されます。
表2 療法選択支援への課題と対策
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